ニュースで幼児虐待の事件が報道されると、被害に遭った子どもが無事に保護されたことには安堵するのですが、その子の将来が心配になります。
でも、虐待とその後のケアの因果関係を科学的に証明することは困難です。
なぜなら、研究のためには、子ども達への虐待を実験的に操作しなくてはいけませんが、そんなことは倫理的に許されないからです。
でも、海外にはそんな研究事例があるのです。
研究対象となったのは、旧ルーマニアのチャウシェスク政権下で親に捨てられ、孤児となった子ども達です。
彼らは劣悪な環境の孤児院に収容され、愛情も栄養も十分に与えられず非人間的な扱いを受けて育ちました。
共産党政権の崩壊により、孤児達の悲惨な現状が公になると外国に衝撃を与え、多くの慈善団体が設立されました。
1989年に旧チャウシェスク政権が崩壊してからの10年間、新生ルーマニア政府は西側の児童発達専門家を招き、施設に収容されていた孤児たちを研究対象にしてもらって彼らへの支援を集めようと考えました。
問題解決のために国際養子が推奨され、1990年代から2000年代にかけて、多くの子供達が外国人に引き取られていきました。
子供時代に愛されたことのない人間は、その後どうなったのでしょう?
研究のサマリーをシェアします。
2020年、イギリス キングス・カレッジ・ロンドン(ロンドン大学)のヌリア・K・マッケス博士を筆頭著者とする、幼少期の一定期間、施設で受けた虐待が成人後の脳に与える影響を調査した研究結果が発表されました。
この研究では、チャウシェスク時代のルーマニアの孤児院で恵まれない幼少期を過ごし、その後、イギリスの養育環境の整った家庭に迎えられた67人のルーマニア人の養子と、恵まれない幼少期の経験を持たない21人のイギリス人の養子が対象になりました。
養子縁組から20年が経過し、成人になった彼らに神経心理学的検査とアンケートを行い、脳のMRIスキャンを実施して、データを比較・分析しました。
またルーマニア人の子どもを育てた養父母には、子どもの成長と発達に関するアンケートとインタビューを行いました。
結果、次のようなことが分かりました。
1、ルーマニアの孤児院では、子どもたちは栄養失調になることが多く、社会的な接触も少なく、十分なケアも受けられず、おもちゃがなく、ベッドに閉じ込められていたため、認知的な刺激がほとんどありませんでした。
2、養子縁組当初の報告では、彼らのほとんどに顕著な認知機能障害がみられましたが、時間の経過とともに徐々に改善され、成人するまでにほとんどの養子が正常範囲内に収まりました。
3、しかしルーマニア人養子の脳の総体積は、そうでない養子と比較して、平均して8.6%小さくなっており、その原因は主に心理的なものであることが示唆されました。
4、ルーマニア人の養子が孤児院で過ごした期間には3ヶ月〜41ヶ月の差がありましたが、その期間が長ければ長いほど、脳の総体積が小さく、知能指数が低く、注意欠陥多動性障害(ADHD)の症状が増加していました。
5、乳幼児期に逆境にさらされた影響は、後に環境を豊かにしても完全には回復せず、成人後も残る可能性が示唆されました。
出典:Proceedings of the National Academy of Sciences
https://www.pnas.org/content/117/1/641
痛ましい研究結果です。
後から良い環境に恵まれたとしても、乳幼児期のトラウマの影響は根深く残ってしまうなんて悲しいですね。
この理由として、生後2年間で脳が急速に発達することが挙げられていました。
ただ興味深いことに、ルーマニアの若年成人では、脳の総体積は小さくなっていたのに、逆に右側の下側頭葉は大きくなっていたのです。
これは、脳が幼少期の逆境の悪影響を軽減するために適応できる可能性を示唆しています。
つまり、脳のダメージを受けた部分を他の領域がカバーしようとして、脳の構造が後から変化するらしいのです。
今後も研究が進んで行く可能性がありますので、そこには希望が持てますね。
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