私たちは、心温まる話を聞いたり、誰かを助けている現場に居合わせたりしたとき、感動して思わずうるっときたり、心がじーんとなったりします。
この時に引き起こされる、温かく特別な感情状態のことを、心理学では「道徳的高揚」(moral elevation)と名付けました。
この「道徳的高揚」が起きると、人々は親切な行動を選びやすくなるのだそうです。
では、「道徳的高揚」が起きる時、私たちの脳内では、一体どんなことが起こっているのでしょう?
それについて調査した、神経科学の論文があるのです。
サマリーをシェアします。
2015年、アメリカ ニューヨーク大学のウォルター・T・パイパー教授を筆頭著者とする、「道徳的高揚」が起こっている際の、脳内のメカニズムについて調べた研究結果が発表されました。
研究では、参加者を2つのグループに分け、「逆境の後に善行を行う道徳的映画」と「面白いコメディ映画」のどちらかを見てもらいました。
その際、脳をスキャンして、自律神経と前頭前野の活動レベルを計測しました。
自律神経とは、内臓の働き、代謝、体温などを調整する神経です。
自律神経には、覚醒すると優位になる「交感神経」と、リラックスすると優位になる「副交感神経」の2種類があり、この2つの作用によって、心や身体の調子が変化します。
前頭前野とは、思考や創造性を担う脳の中枢であり、人間性、社会性、道徳性、共感力などに関わっています。
結果、次のようなことがわかりました。
1、「逆境の後に善行を行う道徳的映画」を見た参加者は、交感神経と副交感神経の2つの神経システムが同時に活性化していました。
2、交感神経と副交感神経の同時活性化が高まると、前頭前野の、モチベーションや社会参画に関わる部分も活性化していました。
3、その一方で、「面白いコメディ映画」を見た参加者は、交感神経、副交感神経のどちらの神経システムも活性化せず、「道徳的高揚」は起りませんでした。
4、これまで、交感神経と副交感神経が同時に活性化するのは、育児や救助など、自発的に相手を助けようとしている場合だと考えられていました。
5、今回の研究で、親切な行為を目にするだけでも、それらと同様であることが示唆されました。
出典:Biological Psychology
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25813121/
つまり私たちは、「他人に親切にすれば、自分も気分が良くなる」ということを経験的に知っていて、他人が親切にしている場面を目撃すると、「道徳的高揚」が起こるということです。
その時には、「覚醒しつつもリラックスできている」という心理状態の時と、同じ状態にあるということがわかりました。
「道徳的高揚」により脳が活性化して、人の優しさが、知らない人や会ったことのない人にまで広がっていくとは壮大な仕組みですね。
人の親切の輪がどんどん広がっていく理由は、それぞれの心の中で天使(=世のため人のためという善の心)と悪魔(=自分さえ良ければ他人はどうでもいいという悪の心)が戦って、天使が勝利しているわけではなかったのです。
単純に脳が「快」を選んでいるという、なんとも素っ気ない結果になってしまいましたが、そういう脳の仕組みのおかげで、今の人類があるのかもしれません。
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