心理学で「プロスペクト理論」(Prospect theory)と呼ばれる理論があります。
これは、人が利益を得られそうな場面では「確実に手に入れること」を優先し、損失を被りそうな場面では「できるだけ損しないこと」を優先するという理論です。
みんな、得することよりも、損したくない思いの方が強いのです。
プロスペクトとは、期待、予想、見通しといった意味で、プロスペクト理論の提唱者であるダニエル・カーマネン博士は、この理論で2002年にノーベル経済学賞を受賞しています。
それほど、投資やマーケティングに与えたインパクトが大きかったと言うことです。
それまで合理的行動に基づき仮説を立ててきた経済学のモデルは修正され、人間の非合理的で衝動的な行動を考慮に入れた「行動経済学」と言う新しい研究分野が生まれる元になったそう。
この理論から導かれた「授かり効果」(Endowment effect)と呼ばれる心理現象があります。
これは、人は自分が授かったもの(所有物)の価値を、所有していない人に比べて高く評価してしまうと言う、価値判断のズレのことです。
そのため、ある物の価値を巡って、売り手(所有者)と買い手(非所有者)の間で、価格への納得感にズレが生じてしまいます。
これは、コンサートチケット、株式、アイデア、地球環境など、あらゆる対象への価値判断に影響を与えているそう。
研究のサマリーをシェアします。
2017年、アメリカ カリフォルニア大学ロサンゼルス校のウィリアム・A・V・クラーク教授を筆頭著者とする、転居の判断に、授かり効果が及ぼす影響を調べた研究結果が発表されました。
研究では、オーストラリアの約7,600世帯,19,900人の大人と子どもを対象とした年次縦断調査(HILDA)を利用しました。
対象者を、夫婦、片親、一人暮らしなど、世帯移動の意思決定者に絞りこみ、2010年から2014年の間に、70km以上の移動を1回以上行った人を移住者と定義してデータを分析しました。
結果、次のようなことがわかりました。
1、住んでいる住居の価値だけでなく、地域コミュニティとの関わりの強さや、住んでいた期間の長さにも、不動産物件と同じような授かり効果が働きました。
2、授かり効果が強く働くほど、引越しする確率が低下していました。
3、授かり効果が強く働くと、離婚や転職などの人生の節目においても現状のメリットを手放すことへの嫌悪感が強くなりました。
4、今あるメリットを大きく見積もっているため、転居によってこのメリットを失った際、新しい転居先でその損失を相殺できるかどうかわからないと考えるためです。
5、授かり効果は合理的な判断を妨げ、現状維持の選択に強いバイアスをかけることが示唆されました。
出典:PNAS
今住んでいる物件や地域への愛着が強くて、本当は引っ越した方がいいのに決断できないのは、授かり効果によるものだったそうです。
幸いなことに、授かり効果を軽減する方法も研究されています。
その一つが、売り手が、商品の価値(値段)ではなく、受け取ったお金(その物を所有することの機会費用)で何をしたいのかを考えると言うもの。
それによって、自分が持っている物を手放す際に感じる損失の歪みが是正されるためです。
例えば子ども達っておもちゃの貸し借りでよく喧嘩になりますが、あれも授かり効果だったと言えますね。
お互いの価値基準がズレているのですから、トラブルになるのも当然です。
そんなときは、お互いおもちゃに意識が集中しているわけですから、大人が叱るとますますそのおもちゃの価値に意識が向き、授かり効果が強まってしまうので逆効果ですね。
むしろ他のおもちゃの価値と比較させたり、別の遊びに意識を向けさせたりする方が良さそうです。
私自身、子どもの昔の服や教科書をなかなか捨てられずにいるのですが、手放した後にどれだけ収納スペースがスッキリするかを想像すると、サクッと決断できそうな気がします。
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